永い間お世話になりました。筆者は元・日本獣医史学会理事 白水完児 本名[白水完治]
高齢になりましたので投稿を終えさせていただきます。
明治維新の頃,日本にはまだ獣医の制度はありません.この頃は馬の療治は武士の身分の「馬医」が行っていました.やがて,軍隊が洋式化され,革靴,羊毛服,牛肉缶詰が大量に必要となると,馬医は獣医と名称を変え,資格も国家試験免状となります.日本の獣医術や獣医学は主に軍馬の治療と軍人の食料(牛)・衣服(羊)のために発達しました.軍犬や軍鳩が研究の対象となるのは,ずっと後の事です.
広辞苑第七版の発行は二千十八年一月十二日で発行所は東京都千代田区一ツ橋二-五-五の株式会社岩波書店である。非常に有名な辞典でだれもが嘘はあるまいと信じている書物である。しかし、この辞典の2803頁三段末から四段始めに次の記載がある。『みしまうし[見島牛]山口県萩市見島に産する日本在来の牛。平均体高一・三メートルと小型で、和牛の原型と言う。天然記念物。』
三国志の倭人伝にある通り日本には在来牛はいない!しかも天然記念物に指定されたのは「見島牛の産地」で、牛そのものではない。
あまりに酷いので知り合いの山口県畜産課や萩の観光協会や博物館クラスの公共機関にはそれとなく注意しておいたが、新聞記事にグルメ探訪ブログになるとあまりの数になるので注意する方が馬鹿らしくなる。
編者の新村出氏にGメールを出そうと思うのだけれどアドレスがないのでよわっている。岩波書店の広辞苑編集部には電話があるのだが、高い電話料金を払うのは貧乏な年金生活者には到底無理なので見なかった事にして、黙っておく事にする・・・