2006/08/21のBlog
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大日本獸醫會誌1號1~6頁。明治18年9月 小澤温吉 論説「讀獸醫免許規則」
獸醫の職業は之れを分けては甚だ多端にして一人の兼ね能すべきにあらず。其用は頗る広 大にして一言の説き尽くすべきにあらず。官衛に市街に牧場に軍隊に往く処として用あら ざるは無く、之れを大にして公衆の資産を保護し、之れを小にして細民の家畜を救済し、其 世に効益を与うる事決して小々ならず。我邦維新前に於ては真正の獸醫なく、唯に伯楽及び馬醫なる者ありて五幾七道の間に散在せりと雖も、職業とする処は専ら馬牛の治療とその 蹄鬣を修理するに止まり、其目的とする処は斗升の米麥を甘受するにあり。其状恰も靴工髭師に異ならず(其中或いは大志を抱いて夙に泰西の獸醫学術に苦心せし者なきに非ずと雖も寥々数うるに足らず)。獸畜の衛生、伝染病流行病の予防、畜産の改良、食獸の検査の如きは夢だにも之れを感ぜざりしなり。況んや其治療と称するものは口蓋蹄冠の刺烙、附蝉の烙鐵に止まり、會々内科に属する病に遭えば妄りに無効の草根木皮を投じ、以て袖手傍観の謗りを免れんとするに於いておや。此類の輩は全國を通じて一万人に下らず。就中其性質を分析すれば十の七八は農或いは商を本業とし、病獸治療、蹄鬣修理の如きは其の内職に過きず殆んど農夫の雨天に草鞋を造り夜間に縄索を綯ふと一般なり。其治療を本職とするの輩に 在りても概ね馬商を兼ね或は主を馬商を業とする者あり。豈に之を以て伯楽と称し馬醫と 呼ふに足らんや。況ん乎之に獸醫の名を冠せんとするは、濁酒店の縄簾に傍ふて曾席料理の招牌を掲くるよりも甚たしきおや。此の如き名實不適當の輩に二百五十餘萬頭の貫重なる 畜産を委任せん事は甚た不安心の至りと云ふべし。我明治政府は夙とに此等の事情を洞察 せられ、陸軍省に於ては明治五年地方有力の馬醫を徴して軍馬の衛生治療の事を司らしめ、仝七年に彿國陸軍獸醫アンゴーを聘して獸醫生徒を教育し、内務省に於ては明治九年英國 獸醫ドクトル・マツクプライドを、農商務省に於ては仝十四年獨國獸醫ドクトル・ヤンソ ンを聘して前後数十名の生徒を養成し、以て之を各地方に派遣し其希望する處の業に就か しめたり。然るに地方の人民は数百年来の古俗舊慣に安し、西洋の獸醫に依頼して高貴の薬石を購はんより、寧口有合の来麥を出たして低価の伯楽を聘するの便且つ利なるに如かす と愚信し、伯楽も亦た米麥の扶持に甘んじ、唯々其佳客を失はん事を是れ恐れ、日夜狂奔疲 労して尚ほ願みざるの有様なれ。眞正の獸醫は連も民間に於て其伎倆を逞ふするの餘地を 視ず。何そ共効積を奏するの日あらんや。然れとも全國を挙けて皆此の如して云ふにあらす。近来岩手、秋田には縣立獸醫学校あり。山形、仙台、石川、福岡、熊本其他の數縣には獸醫学校或は講習所等の設ありて、眞正の獸醫を聘し盛んに獸醫の生徒を教育せり。是に於てか獸醫の需要稍々端緒を開けり。然るに全國の廣き獸畜の多き僅かに二三獸醫の其所を得 たりとて満足すべきにあらず。宜しく益々眞正の獸醫をして普くひ真正の事業に就かしむ へきなり。政府も亦た早く茲に見るあり。明治十八年八月二十二日を以て雑録欄内に掲くる獸醫免許規則及ひ獸醫開業試験規則を発布せられたり。此規則の施行せらるゝに至らば従 来各地方に於て累世馬牛の治療を業するの輩は(現今獸醫の学術を講習する者を除き)勿論三稜鍼を放ち烙鐵を棄て、転業若くは破産するものなかるべしと雖とも、萬一舊来の獸 醫にして俄かに其進路の方向に迷惑するものある時は、気の毒の至りなれば政府も深く此 に顧慮せられ、規則の實行に一ヶ年の猶預を輿へ布告第五條を設けて以て當分従来の伯楽 或は馬醫をして、共営業を持續するの便を得せしめられたるものと信す。吾儕を以て之を視れば舊来の獸醫則ち伯楽は前に述ふるが如く、概ね病畜治療と蹄鬣修理を専業とするに眞 正の獸醫は唯々病畜の治療を為すのみならず、獸畜の衛生を説き、流行病傅染病の預防を講し、畜産の改良を謀り、屠獸屠肉販売乳の検査を行なひ、大小獸市の健全を監察し、其他人畜の間に於ける衛生上の関係を協議する等の重任あるを以て、彼の蹄髭修理の如きは眞正獸 醫の為すべき事にあらさるか如し。依て吾儕は蹄鬣修理の業を獸醫の範囲外に置かれん事 を希望す。若し蹄鬣修理の事を以て馬醫専業の一部とせらるゝは、譬は従来近隣の薬舗に於て診察を受け並に賈薬を服したるに、今や其診察を廃せられて西洋醫師の開業を免許せら ると同時に、公浴堂と結髪を一緒に失ひたるが如く、獸畜の為め不便なるべしと思ふ。吾儕 は此の如き職業を方今都府に行はるゝ蹄鐵工の部類に属し、別に蹄鐵工営業規則或は取締 規則等を設けられ以て之を統轄せられん事を希望すべし。果して此の如くなれば従来の伯 楽も尚ほ其営業の一部たる蹄鬣修理を営為するを得べく、又た眞正の獸醫も主ら獸醫たる べきの本分を守り強て他の賤業を兼ぬるに及ばざるべし。偶々獸醫免許規則を発布せらる に會し、聊か思ふ処を陳ふる事爾り。明治十八年大日本獸醫會誌第一號の発兌に臨み聊か感ずる所あり。左の小言を記し以て今回の責を塞がんとす。
獸醫の職業は之れを分けては甚だ多端にして一人の兼ね能すべきにあらず。其用は頗る広 大にして一言の説き尽くすべきにあらず。官衛に市街に牧場に軍隊に往く処として用あら ざるは無く、之れを大にして公衆の資産を保護し、之れを小にして細民の家畜を救済し、其 世に効益を与うる事決して小々ならず。我邦維新前に於ては真正の獸醫なく、唯に伯楽及び馬醫なる者ありて五幾七道の間に散在せりと雖も、職業とする処は専ら馬牛の治療とその 蹄鬣を修理するに止まり、其目的とする処は斗升の米麥を甘受するにあり。其状恰も靴工髭師に異ならず(其中或いは大志を抱いて夙に泰西の獸醫学術に苦心せし者なきに非ずと雖も寥々数うるに足らず)。獸畜の衛生、伝染病流行病の予防、畜産の改良、食獸の検査の如きは夢だにも之れを感ぜざりしなり。況んや其治療と称するものは口蓋蹄冠の刺烙、附蝉の烙鐵に止まり、會々内科に属する病に遭えば妄りに無効の草根木皮を投じ、以て袖手傍観の謗りを免れんとするに於いておや。此類の輩は全國を通じて一万人に下らず。就中其性質を分析すれば十の七八は農或いは商を本業とし、病獸治療、蹄鬣修理の如きは其の内職に過きず殆んど農夫の雨天に草鞋を造り夜間に縄索を綯ふと一般なり。其治療を本職とするの輩に 在りても概ね馬商を兼ね或は主を馬商を業とする者あり。豈に之を以て伯楽と称し馬醫と 呼ふに足らんや。況ん乎之に獸醫の名を冠せんとするは、濁酒店の縄簾に傍ふて曾席料理の招牌を掲くるよりも甚たしきおや。此の如き名實不適當の輩に二百五十餘萬頭の貫重なる 畜産を委任せん事は甚た不安心の至りと云ふべし。我明治政府は夙とに此等の事情を洞察 せられ、陸軍省に於ては明治五年地方有力の馬醫を徴して軍馬の衛生治療の事を司らしめ、仝七年に彿國陸軍獸醫アンゴーを聘して獸醫生徒を教育し、内務省に於ては明治九年英國 獸醫ドクトル・マツクプライドを、農商務省に於ては仝十四年獨國獸醫ドクトル・ヤンソ ンを聘して前後数十名の生徒を養成し、以て之を各地方に派遣し其希望する處の業に就か しめたり。然るに地方の人民は数百年来の古俗舊慣に安し、西洋の獸醫に依頼して高貴の薬石を購はんより、寧口有合の来麥を出たして低価の伯楽を聘するの便且つ利なるに如かす と愚信し、伯楽も亦た米麥の扶持に甘んじ、唯々其佳客を失はん事を是れ恐れ、日夜狂奔疲 労して尚ほ願みざるの有様なれ。眞正の獸醫は連も民間に於て其伎倆を逞ふするの餘地を 視ず。何そ共効積を奏するの日あらんや。然れとも全國を挙けて皆此の如して云ふにあらす。近来岩手、秋田には縣立獸醫学校あり。山形、仙台、石川、福岡、熊本其他の數縣には獸醫学校或は講習所等の設ありて、眞正の獸醫を聘し盛んに獸醫の生徒を教育せり。是に於てか獸醫の需要稍々端緒を開けり。然るに全國の廣き獸畜の多き僅かに二三獸醫の其所を得 たりとて満足すべきにあらず。宜しく益々眞正の獸醫をして普くひ真正の事業に就かしむ へきなり。政府も亦た早く茲に見るあり。明治十八年八月二十二日を以て雑録欄内に掲くる獸醫免許規則及ひ獸醫開業試験規則を発布せられたり。此規則の施行せらるゝに至らば従 来各地方に於て累世馬牛の治療を業するの輩は(現今獸醫の学術を講習する者を除き)勿論三稜鍼を放ち烙鐵を棄て、転業若くは破産するものなかるべしと雖とも、萬一舊来の獸 醫にして俄かに其進路の方向に迷惑するものある時は、気の毒の至りなれば政府も深く此 に顧慮せられ、規則の實行に一ヶ年の猶預を輿へ布告第五條を設けて以て當分従来の伯楽 或は馬醫をして、共営業を持續するの便を得せしめられたるものと信す。吾儕を以て之を視れば舊来の獸醫則ち伯楽は前に述ふるが如く、概ね病畜治療と蹄鬣修理を専業とするに眞 正の獸醫は唯々病畜の治療を為すのみならず、獸畜の衛生を説き、流行病傅染病の預防を講し、畜産の改良を謀り、屠獸屠肉販売乳の検査を行なひ、大小獸市の健全を監察し、其他人畜の間に於ける衛生上の関係を協議する等の重任あるを以て、彼の蹄髭修理の如きは眞正獸 醫の為すべき事にあらさるか如し。依て吾儕は蹄鬣修理の業を獸醫の範囲外に置かれん事 を希望す。若し蹄鬣修理の事を以て馬醫専業の一部とせらるゝは、譬は従来近隣の薬舗に於て診察を受け並に賈薬を服したるに、今や其診察を廃せられて西洋醫師の開業を免許せら ると同時に、公浴堂と結髪を一緒に失ひたるが如く、獸畜の為め不便なるべしと思ふ。吾儕 は此の如き職業を方今都府に行はるゝ蹄鐵工の部類に属し、別に蹄鐵工営業規則或は取締 規則等を設けられ以て之を統轄せられん事を希望すべし。果して此の如くなれば従来の伯 楽も尚ほ其営業の一部たる蹄鬣修理を営為するを得べく、又た眞正の獸醫も主ら獸醫たる べきの本分を守り強て他の賤業を兼ぬるに及ばざるべし。偶々獸醫免許規則を発布せらる に會し、聊か思ふ処を陳ふる事爾り。明治十八年大日本獸醫會誌第一號の発兌に臨み聊か感ずる所あり。左の小言を記し以て今回の責を塞がんとす。
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更新日時:2006/08/21
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