英吉利 いぎりす 白耳義 べるぎー 墺太利 おーすとりあ 孛漏生 ぷろいせん 独逸 どいつ 仏蘭西 ふらんす 伊太利 いたりあ 葡萄牙 ぽるとがる 瑞西 すいす 丁抹 でんまーく 瑞典 すうぇーでん 希臘 ぎりしあ 阿蘭陀 おらんだ 諾威 のるうぇー 洪牙利 はんがりー 殆どの国名は,オープンオフイスのライターの平仮名入力から変換できる.これ以外に布哇も一発で変換出来るが,アメリカは亜米利加となる.パソコンとは何とも便利なからくりである.
明治維新の頃,日本にはまだ獣医の制度はありません.この頃は馬の療治は武士の身分の「馬医」が行っていました.やがて,軍隊が洋式化され,革靴,羊毛服,牛肉缶詰が大量に必要となると,馬医は獣医と名称を変え,資格も国家試験免状となります.日本の獣医術や獣医学は主に軍馬の治療と軍人の食料(牛)・衣服(羊)のために発達しました.軍犬や軍鳩が研究の対象となるのは,ずっと後の事です.
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2009年8月9日日曜日
2009年8月8日土曜日
中国の古典畜牧獣医専門書で現存するもの
中国の古典畜牧獣医専門書で現存するもの
牛経 三国時代
司牧安驥集 北宋時代 改編本
司牧纂験方 宋時代 一巻存
安驥薬方 末巻存
馬書 楊時喬 明
牛書 楊時喬 明
元亨療馬集 明
馬書・牛書は『元亨療馬集』から作られたものである.従って先に掲げた四書以外の書物は書目集に記録されるだけで,現物は存在しないから,その内容についてわが国で出版された療治書と比較・検討することが出来ない.しかし,幸いな事に『元亨療馬集』はその出典書を明記するため,書目集と照らし合わせて内容の成立時期を推定する事が出来る.
2009年8月3日月曜日
時重初熊は駒場農学校の植物病理学科に入学した
防長本草学及生物学・農学年表 日野巌編 昭和五十二年十月二十日 マツノ書店発行 復刻版 編著者は明治三十一年生れ,大正十二年東京帝國大学農学部卒,昭和五年農学博士,昭和二十五年山口大学教授,昭和二十八年同大農学部長,昭和三十六年日本植物病理学会会長,山口県文化財審議会委員,山口生物学会会長.明治十三年四月,駒場農学校に植物病理学科が設けられ,時重初熊らが入学.翌年三月に廃止.慶長十五年,十七年,寛永十五年,寛文十一年,延宝元年に耕牛大量死,寛永十六年,正保三年,寛文十二年に牛疫流行,寛保元年三月狂犬病が流行したとする.
2009年5月26日火曜日
日本帝国家畜伝染病予防史について
2009年4月26日日曜日
日本犬のルーツ
南で生まれた北海道犬「科学朝日」1989年田名部雄一
犬血球ヘモグロビン変異型やガングリオシドモノオキシゲナーゼ,血漿アルブミンSなどの型遺伝子頻度から日本犬のルーツを探るもので,完全に理系の歴史研究である.
この論文によると,日本で最も古い犬の骨は縄文初期のものが横須賀市夏島貝塚から出土,愛媛県上里岩洞窟からは八千五百年前の犬埋葬例が出土している.これが弥生時代になると埋葬の形跡がなくなり,食用にされたと思われる痕跡の骨が出土することから,犬を食べる人間が日本列島へ入ってきたと推定している.
遺伝子頻度の調査から,縄文時代の列島の犬は台湾から北海道に分布した南方アジア型の在来種で,弥生から古墳時代になってここに朝鮮半島の珍島犬(北方エスキモー種)種の血が入って混血がはじまり,多くの日本犬種が生まれて来る.遺伝子の位置関係からすれば,純粋の在来犬は北海道犬で,屋久島犬群や美濃柴犬,甲斐犬がこれに次ぐ.大陸からの遺伝子を色濃く持つ犬種は山陰柴犬,対馬犬群,三重実猟犬で,信州柴犬は中間に位置する.
馬や馬具の渡来と重ね合わせて見ると極めて参考になる.この論文は古本屋で買った『日本人の起源を探る』という雑誌の中に掲載されていた.どれでも百円均一のゴミ本も見逃せない.
2009年4月15日水曜日
陸軍獣医学校生徒採用試験問題
陸軍獣医学校生徒採用試験問題
明治二十九年八月廿五日ヨリ同月三十日迄第五師団司令本部に於施行
解剖学第一問題
馬ニ於ケル胃壁ノ構造及之レニ分布スル動脈及神経ノ名称如何
解剖学第二問
頭蓋骨及顔面骨ヲ構成スル骨数及其名称を問フ
生理学第一問題
胆汁ノ作用ヲ問フ
生理学第二問題
草食獣肉食獣及雑食獣ノ尿ニ付キ其性質性分ノ相異ル点
ヲ記ルスヘシ
内科学第一問題
尿閉(馬ニ於ケル)ノ原因、症候、及ビ鑑別ヲ説明スベシ
内科学第二問題
喘鳴症ノ原因ヲ説明スベシ
外科学第一問題
交突違歩(脚交叉傷)ノ原因、症候、及察病ヲ説明スへシ
外科学第二問題
陰嚢水腫の察病及治療法ヲ説明スベシ
薬物学第一問題
樟脳ノ性状効用主治及其用量ヲ説明スベシ
薬物学第二問題
依的児ノ性状効用主治及其用量ヲ説明スベシ
病理解剖学第一問題
急性気管支炎ノ患部ヲ説明スヘシ
病理解剖学第二問題
脱臼ノ病的変状ヲ説明スヘシ
物理学第一問題
電気良導体及絶縁体ヲ問フ
物理学第二問題
圧力ト沸騰点ノ関係及其証明ヲ問フ
化学第一問題
分子ノ混合ト化合ノ別如何及各其一例ヲ示スベシ
化学第二問題
炭酸瓦斯ノ製法ヲ問フ
動物学第一問題
翼手類(蝙蝠類)ノ性質及其最大者ノ産地ヲ説明スベシ
動物学第二問題
動物分類及其一例ヲ説明スヘシ
植物学第一問題
根ノ主ナル作用ヲ問フ
植物学第二問題
禾本科植物ノ効用ヲ問フ
農事修学場
農事修学場
明治7年(1874年)
4月 内務省勧業寮内藤新宿出張所に農事修学場を設立することを議決.
明治8年(1875年)
10月 農事修学場は駒場野に移設することが議決.内藤新宿は風紀が宜しくないため.
明治9年(1876年)
6月 内務卿大久保利代理通達示で農事修学場入学規則を達す.
10月9日-11日 入学試験実施。農学、49名中20名,獣医学、57名中30名を選抜.予科27名,試業科29名を決定.
獣医学生徒及第人名 吉村政行 西川勝蔵 牧野■太 吉田禎一 鈴木呉一 白根 荘輔 浅野忠吉 一ノ瀬次郎 遊佐盈作 香田喜房 市来敬太郎 木村芳次郎 岸本雄二 宮邨三郎 土持綱晟 木村竹次郎 青山敬一 大崎久 樋口正達 三浦清吉 瀬谷金治 山下盛治 福山隆盛 山県竹次郎 橘弘典 丹下謙吉 安藤清吉 功力直道 三橋次郎吉 魚住正之輔
明治10年(1877年)
2月 1日 農事修学場授業開始.内藤新宿の勧業寮農学課農業博物館が仮教場.
10月 農事修学場を農学校とする.
明治11年(1878年)
1月24日 駒場農学校開校式.